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消化器疾患(大腸がん・直腸がん等)

村上弘明(大腸がん)

2019年1月に出演したバラエティ番組の中で俳優の村上弘明さん(当時62歳)が、2018年2月に初期の大腸がんの告知を受けていたことを告白した。

ステージは0という本当に初期段階であった。

手術はドラマ収録が終わってからでも問題ないという医師の言葉を受け、3ヶ月後の5月に手術を受けられました。

村上さんはメスを入れることが嫌だったのですが、奥様の一言で腹腔鏡下手術を決意されています。

手術は全身麻酔で行われ、約1時間で終了。4時間後に目が覚めたそうです。

村上さんは50歳を過ぎてから毎年1回の人間ドックをはじめたことが、今回の早期発見に至ったとコメントしている。

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財津和夫(大腸がん)

チューリップのリーダーの財津和夫さん(当時69歳)が、2017年5月に腸閉塞と診断されたことを公表し、その後の精密検査結果で大腸がんが判明しました。

2016年9月よりスタートしたチューリップの45周年ツアーは、5月27日の福島公演を合わせ5公演が急遽中止になりました。

6月2日のご自身のホームページでは「治療専念のために、一時的にステージ活動を休止する」との財津さんからのコメントが掲載されています。

財津和夫がんのステージや具体的な治療方法などの細かい病状・治療についての公表はなかったものの、1ヵ月後の7月3日には「手術を終えて退院しました」とコメント。

退院の吉報から間髪を空けずに7月7日の東京公演で歌う予定であった「七夕じゃない7月7日」がCD化して発売されました。

財津さんが天国にいる安部さんへの想いを綴った楽曲で、ファンの方々から多くの喜びの声が上がりました。

仁科亜希子(大腸がん)

女優の仁科亜季子さんが、子宮頸がん・胃がん・GIST・大腸がんの4度目のがんを患っていたことを告白。仁科さんがはじめてがんを患ったのは38歳の時でした。

仁科亜希子子宮頸がんのため、子宮、卵巣、リンパ節を切除する手術を受けられています。

若い年齢での女性臓器摘出の手術だったことから、今でも更年期障害に悩まされているといいます。

手術の後遺症で排尿障害が残り、尿意を感じることができない等の後遺症に悩まされる生活の中で、前向きになれたのは子どもの存在が大きかったといいます。

長男が8歳、長女が6歳とまだ小さかったため、「自分は何がなんでも生きなければならない」と病気に立ち向かう決意ができたといいます。

仁科さんが20年ぶりに芸能活動を再開した矢先、2度目となる胃がんを46歳の時に患いました。

胃の上部1/3と脾臓を切除し、約10キロも体重が減ったといいます。

術後は口に入れても飲み込めず、食べれない状態が続き、食事をするにも体力が奪われるという壮絶な状況をコメント。

3度目のがんは仁科さんが55歳の時、筋肉の層にがんができるGISTでした。幸いにも早期発見だったため、2週間ほどの入院治療ののち退院されています。

その後、最初のがんから22年目となる2014年。離婚後やっと生活が落ち着いてきた頃に4度目となる大腸がんが見つかります。

腹腔鏡手術にて大腸の一部を20センチを切除しました。

仁科さんはがんが発覚する度に神様を呪ったといいますが、今では元気で幸せながん生活を送れていることに感謝しているとコメント。

仁科さんは、このような闘病生活において孫の存在が大きかったと話し、家族の存在に支えられ、がんの闘病生活とうまく付き合っていく大切さを同じがん患者へ伝えるべく講演活動を行っています。

向井亜紀(S状結腸癌)

2013年、タレントの向井亜紀さんが48歳の時にS状結腸がんであったことを告白しました。定期健診で偶然見つかったといいます。

2013年6月に所属事務所は、ステージ2で幸いにも初期段階であったことを発表した。

その後、同年8月に手術が行われ成功しています。

今回の告白と同時に、過去の大病についても告白されており、2000年に子宮頚がんを発症して子宮を摘出、2006年には右腎臓の摘出など、これまでに20回近くの手術を経験されています。

向井亜紀数々の重大な病気でありましたが、病気の事実は世間には伏せられ、極秘のうちに手術が行われてきました。

これは向井さんの夫・高田延彦さんとの間に代理母によって授かった双子の息子さんがおり、10歳という多感な年ごろを迎えた息子さんたちへの配慮だったそうです。

向井さんは所属事務所を通じて「早期発見だったため、すっかり完治しています。早期発見が大事であるということを伝えたいという思いを尊重し、公表に至りました」とコメントしている。

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鳥越俊太郎(直腸がん)

2005年、タレントでジャーナリストの鳥越俊太郎さんに直腸がんが見つかります。

人間ドックの検便検査から要精密検査になり、大腸内視鏡検査の結果、悪性腫瘍という診断に至りました。

鳥越俊太郎,直腸がん当時では最先端の腹腔鏡下手術にて行われ、直腸を約20センチ切除しています。

術後は予防的に化学療法を約3年間続けましたが、抗がん剤の副作用は殆どなかったといいます。

鳥越さんは順調に回復し、約1ヵ月で仕事に復帰。腹腔鏡手術の体へ負担の少なさなどを語っておられます。

術後、1日に10回前後もトイレに行きたくなるという排便の問題はあったようですが、月日が経つに連れて回数は落ち着いたといいます。

後に再発が見つかります。肺と肝臓に転移が確認され、これまで計4回の手術を乗り越えました。

その闘病生活はドキュメンタリー番組でも公開されています。

渡哲也(直腸がん)

1991年、俳優の渡哲也さんが直腸がんの手術を受けられ、オストメイト(人工肛門使用者)であることを公表し話題になりました。

渡哲也その当時の壮絶な闘病記が柏木純一著書の「渡哲也 俺」という本に記されています。

直腸の上にあるS字結腸とその奥の下行結腸にそれぞれ5ミリと7ミリ大のポリープがバリウム検査で発見されました。

さらに2ヵ月後の大腸内視鏡検査では、ポリープが4つ見つかり、早期発見だったものの病巣が深かったため、直腸を25センチ切除しています。

オストメイトになってからは食べ物についても色々と制限があるもののあまり気にせず「自身の体で人体実験をして模索しています。」とコメント。

術後は飲酒の量は減り、煙草も吸わなくなったそうです。

2014年8月のCM会見以降は、公の場に姿を見せていないということでマスコミの間では重病説が流れていましたが、舘ひろしさんの話では「俺は重病らしいから温泉に連れて行け」という冗談を言うほど元気だそうです。

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石坂浩二(直腸がん)

2002年、俳優の石坂浩二さんが直腸がん発症しました。

石坂浩二大腸がんの中でも肛門に近くに発生するという直腸がんは、症状として潜明な出血が排便時などによく見られるのが特徴です。

石坂さんにも潜血の症状があったそうですが、痔だと思い込んでいたようです。後の精密検査で直腸がんが発覚。

同年5月にがんの摘出手術を受けるため、光圀役で出演していた水戸黄門を降板。

手術は成功し、翌日から歩く練習、重湯から普通食、ベッドで本を読む等、主治医が驚くほどの回復だったそうです。

石坂さんは「信頼できる医師に出会えたことは幸せだった」と語られており、不幸の中でも幸運な出会いがあったと振り返っています。

その後、俳優業は自粛して治療に専念することになりますが、翌年2003年夏頃から本格的に俳優活動を再開されています。

大村崑(大腸がん)

1989年、俳優の大村崑さんが58歳の時に大腸がんと診断されました。

当時、劇場で共演していた歌手の八代亜紀さんの紹介された医者から大腸内視鏡検査をすすめられました。

大村さんは内視鏡の前段階として行った注腸検査(バリウム)の結果、4つの白い影が見つかり、医師からは大腸がんの可能性が高いという説明を受けます。

大村さんは50代後半から便に糸状の血液が付着していたとう自覚症状がありましたが、痔だと思い込んでいました。

大村昆数日後、レーガン大統領の手術を担当したという医療メンバーで、内視鏡の先駆者と呼ばれる新谷弘実医師による内視鏡手術を受けます。

切除した4つのポリープのうちの2つはがん化していました。

幸い早期発見であったこともあり、転移はなく、その後も毎年の検査を受けているが再発はないということです。

大村さんはポリープを切除した当日にTV生放送番組にも出演されています。

術後の通院する様子を「がん闘病」と大きく報じられ、当時は「がん=不治の病」のイメージが強かったことから、「しまった!」と慌てて最後には「もう取ったから大丈夫です」と付け加えたそうです。

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