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精神疾患(うつ病・パニック障害等)

真矢ミキ(うつ病)

2016年12月号「女性セブン」の中で元宝塚歌劇団トップスターの真矢ミキさん(当時52歳)がうつ病を患っていたことを告白。

1995年に花組のトップスターに就任、周囲の憧れの的となっていた真矢さんでしたが、トップスターになったことで精神的な負担は大きく、うつ病を発症していたといいます。

真矢ミキ真矢さんはストレスの影響から、一口の食事も飲み込めないほどに追い込まれていたそうです。日に日に体重は減り、痩せていく自分の姿に恐怖と不安を感じていといいます。

1998年10月に宝塚歌劇団を退団します。退団後は歌やダンスのレッスンがないため、暇な時間をどう過ごしていいかわからず、食べることを繰り返し、過食症のような状態になっていたといいます。

この15歳の頃から34歳までの約20年間を宝塚の一員として生活していたため、すぐに気持ちをリセットし、普通の生活をすることが難しかったようです。

また、宝塚を退団したことで、周囲の自分に対する態度も変わってしまったように感じていたといいます。

精神的に不安定な時期が長い間続き、自分の生きている意味が見いだせない状態だった真矢さんですが、友人に相談したところ「私はあなたが必要だから生きててよ」という言葉で一気に心が楽になったことを語られている。

その後、真矢さんは順調に回復し、そばで見てきたマネージャーが真矢さんのメンタルの回復力の凄さに驚いたといいます。

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レディー・ガガ(うつ病)

2015年10月24日発売のアメリカの音楽雑誌「ビルボード」の中で歌手のレディー・ガガ(当時29歳)がうつ病であることを告白。

自身がうつ病を患って毎日不安と闘っていることを明かしている。

レディ・ガガ2014年2月には雑誌「ハーパーズバザー」のインタビューの中で、2013年の年末に行く先々で辛い思いをしていたという。ガガさんは「人と争う事に疲れ果て、闘う気にもなれなかった」とコメント。

また、人間関係がストレスとなり、重度のうつ病を発症して数か月間は精神的に深く落ち込み、光が見えなかったという。

その後、2016年に3年振りとなる新曲をリリースしますが、新曲のリリースに3年かかった理由を「精神を安定させるために時間が必要だった」と話す。

歌手としてデビューして早くから注目を浴び、一気にスターへの階段を上り始めたことが、彼女にとって精神的に大きな負担となり、デビュー当初のことは全く覚えていないそうです。

その後、抗うつ剤や精神安定剤を服用し、うつ病や不安症と闘っているそうですが、薬の効果で気分がよくなることはないそうで若者に薬をすすめたいとも思わないと話している。

石田明(うつ病)

2015年8月9日に放送された「黄金列伝!」でノンスタイルの石田明さん(当時35歳)が、20代頃に重度のうつ病を発症していたことを告白。

ノンスタイル2017年6月13日に放送された「ザ!世界仰天ニュース」の中でも、うつ病に苦しんでいたことを明かしている。

元々は対人恐怖症があり、フリートークができないことにプレッシャーを感じ、そのプレッシャーがストレスとなって食欲不振・嘔吐といった体調変化に悩んだといいます。

その後も、ひな壇に座っていると手が痺れたり、高い場所から飛び降りそうになる等の症状がみられ、石田さんはうつ病と診断されました。

睡眠薬や抗うつ剤・安定剤による治療を開始することなった石田さんは、相方の井上さんから次のコンクールで賞を受賞できなかったら解散するとの話がありました。

石田さんは、一時芸人を辞めれると喜んだそうですが、入賞したことでコンビを継続することになります。

その後、医師のすすめもあり周囲にも病気のことを告白するようになった石田さん。

そんな時に先輩であるブラックマヨネーズの吉田さんに相談した際、吉田さんも自分と同じ症状を経験していたことを知り、心が楽になって救われたそうです。

その後、M-1でグランプリを受賞しています。

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庵野秀明(うつ病)

2015年4月1日にアニメ「エヴァンゲリオン」の監督である庵野秀明さん(当時54歳)が、うつ病であるを株式会社カラーの公式サイトで告白。

庵野秀明2012年12月に「エヴァンゲリオン新劇場版:Q」が公開された後、「僕は壊れました」とうつ状態になっていたことを明し、当時について語られています。

うつ病を発症した原因は、エヴァンゲリオン制作の6年間「魂を削ってまで取り組んでいたからだ」と自身で述べています。

その翌年から1年間、エヴァンゲリオンのスタジオに一度も近づくことさえできなかったといいます。

しかし、周りの人たちのサポートもあり、命を自ら断つこともなく、心がアニメから離れることもなかったそうです。

1年以上に渡り、うつ病の治療とリハビリを行っていた庵野さんは2014年にスタジオへ戻り、再びアニメの仕事に復帰することができました。

じつは1996年にも庵野さんは、うつ病を発症していたことをインタビューで答えています。

「新世紀エヴァンゲリオン」の際、心身ともに疲れ果て、抜け殻のような状態になり、線路に飛び込んで自殺を図ろうとする程の精神状態だったといいます。

2度のうつ病を発症し、辛い闘病生活を送っていた庵野さんですが、現在は「シン・エヴァ」の制作に励み、監督・プロデューサーとしてのご活動を続けられています。

渡辺正行(うつ病)

タレントの渡辺正行さん(当時58歳)が2015年1月6日に放送されたテレビ番組「解決!ナイナイアンサー」の番組内で更年期障害によるうつ病を発症していたことを涙ながらに告白。

渡辺正行渡辺さんがは、同じうつ病を公表したマルシアさんの当時の再現VTRを見ていた時でした。渡辺さんは突然、涙を流しながら自身もうつ病を患っていた過去を話しはじめたのです。

渡辺さんが50歳の時(約8年前)に舞台の仕事をしていた時、舞台の初日を迎えた日に「血流が逆流するくらいあがっちゃって」と話し、今まで感じたことがない程の緊張を経験したといいます。

この時は舞台初日だったこともあり、いつも以上に緊張していただけかと本人は思っていましたが、2日目も3日目の舞台でも同じような症状が続いていました。

後日、渡辺さんは知り合いの医師に症状を伝え相談したところ、男性更年期障害による「うつ病」と診断されます。

この更年期障害とは、真面目な人に比較的多く発症し、うつ病のように心理的症状や耳鳴り、ほてり等の身体的な症状が現れるのが特徴です。

直ぐに薬を服用し治療を続けたおかげで、症状は直ぐに治まったそうです。

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武田鉄矢(うつ病)

歌手で俳優の武田鉄矢さん(当時65歳)が、2014年10月7日に放送されたテレビ番組「ノンストップ」ので40代の頃にうつ病を発症し、約20年間もの闘病生活を送っていたことを明かしている。

武田鉄矢うつ病を発症したのは1991年で42歳の時でした。社会現象を起こした人気ドラマ「101回目のプロポーズ」を主演し、武田さんの忙しさは絶頂期にありました。

そんなスケジュールの影響からか身体的・精神的にも追い込まれ、武田さんを「やる気が起こらない」「志向がネガティブになる」といった症状が襲いました。

逆に仕事の休みが少し続くことで「このまま仕事がこないのではないか」と考えたり、落ち込むような日々が増えていたといいます。

さらに家族からの「応援の言葉」等が、逆に精神的な負担となってしまい「辛かった」と明かしている。

このような事実を武田さんは、家族やバンドメンバーには隠していました。

精神科を受診した武田さんは、医師から過剰適応症と診断され、色々なことに対して「断ることを心がけて」生活を変えたことで、次第に気持ちが楽になっていきました。

その頃、ユングという心理学者の本に出会い、その本に書かれていた言葉で気持ちが楽になり、救われた話をされています。

丸岡いずみ(うつ病)

タレントの丸岡いずみさん(当時42歳)が、2013年9月20日に「仕事休んでうつ地獄行ってきた」を出版。自身のうつ病について明かしています。

丸岡いずみ2011年3月に東日本大震災の発生後、アナウンサーであった丸岡さんは特番の司会や現地への取材といった仕事が増え、過酷なスケジュールをこなしていました。

過密スケジュールな最中、頭皮に赤い発疹ができたのが最初に感じた体の異変でしたが、忙しく頭を洗えていない日もあったのでそのせいか思っていました。

その後、うつ病の典型的な症状である「気分が落ち込む」「やる気が起きない」「眠れない日々が続く」といった症状が現れはじめます。

さらには食欲が無くなり、イライラすることが増えていくのですが、丸岡さんは疲れからくる肉体疲労だと考えていました。

当時、自身がうつ病だとは気付いていなかったため、誰にも相談することはしませんでした。

しかし、8月29日に行われた民主党代表選挙のリポートをしていた時、悪寒や冷や汗が止まらなく、頭が働いていないという状態に襲われます。

その後、長期休暇を希望した丸岡さんは徳島の実家に帰省し、病院で「うつ病」と診断されました。

病院から、抗うつ剤・睡眠導入剤が処方されましたが、丸岡さんは人格が変わってしまうのではと薬を捨てたこともあったそうです。

実家に帰省し3か月が経った頃、うつ病の影響で呼吸困難の症状等から精神科へ入院することになります。

入院したことで、きちんと薬が服用できたことで睡眠が十分に取れ、食欲の方も回復していきました。

退院後もうつ病の症状はありましたが、病気を受け入れてストレスを溜めない生活を心がけたことで症状は治まったそうです。

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岡村隆史(うつ病)

ナインティナインの岡村隆史さんが2013年11月5日に放送されたテレビ番組「解決!ナイナイアンサー」の中で、うつ病を患っていた丸岡いずみさんのVTRを見終わった後「僕は半年くらい休みましたけど」と発言をしている。

岡村隆史岡村さん自身は病名を明かしてはいませんが、病状を(頭)パッカーンとあらわしており、丸岡さんと同様に何か月も眠れない日々が続いたとコメントしている。

当時、ラジオ番組に出演した際岡村さんは、「ええ?どれ読むんやっけ?」と読む予定のハガキがどれかわからなくなるなど常にパニック状態にあり、台本も覚えることができない状態だったといいます。

仕事に支障を来すほど岡村さんの症状は悪化していましたが、周りが何度も「休め」と告げられても「休まへん」と答えていた岡村さん。

しかし、岡村さんの状態を見ていた相方の矢部さんは「言う事聞いてください。岡村さん、休みましょう」と伝えると、岡村さんは「かんべんしてくれぇ~、相方」と泣きついたといいます。

不眠で倒れてしまった岡村さんを見て、矢部さんは事務所に相談し、半強制的に岡村さんを休ませることにしました。

休業中の岡村さんは芸能界引退も考えたそうですが、「スベってもいい」と楽観的に考えられるようになってからは気持ちが楽になったといいます。

岡村さんは、2010年7月15日から半年間の療養生活を経て、11月に27日に放送された自身の冠番組「めちゃ×2イケてるッ!」で復帰を果たします。

番組では、サプライズ登場した岡村さんを前に驚いためちゃイケメンバーは岡村さんの復帰を祝福し、感動に包まれました。

また、岡村さんは2013年から専門医による薄毛治療を本格的に行っていることを明している。

ブラッド・ピット(うつ病)

ハリウッド俳優のブラッド・ピット(当時48歳)が、2012年1月29日にアメリカのエンタメニュースサイト「The Hollywood Reporter」のインタビューで自身のうつ病について告白。

ブラッド・ピット1990年代の終わり頃、ハリウッドスターであった自分自身に飽きを感じていた彼は、セレブの世界から身を隠すように生活していたといいます。

この時のブラッド・ピットは外の世界が苦痛だったため、自宅に帰るとソファーでくつろぎながらドラッグを吸う生活を続けていたといいます。

徐々に気持ちが更に落ち込み、不安な気持ちが増していき、うつ病を発症。日々、心の病と闘っていました。

そんな中、モロッコ・ユーゴスラヴィアへ旅に出ます。旅では現地の貧困層の人々の生活を目の当たりにし、その衝撃的な光景にとてもショックを受けたといいます。

この旅がきっかけにしてドラッグをやめることができたというブラッド。自分自身が変わろうと決意し、それから10年以上が経ちましたが、一切ドラッグには手を出していないといいます。

華原朋美(薬物中毒)

歌手の華原朋美さんが薬物中毒の疑いで救急搬送されたのは2009年1月のことでした。

JR錦糸町駅付近からタクシーに乗り込んだ時、タクシー運転手の話によれば華原さんは意識がもうろうとしており、会話が成立しないような状態だったので近くの交番に彼女の保護を求めたそうです。

華原朋美関係者の話によると当時の彼女は、ストレスを多く抱える生活を送っており、眠剤や精神安定剤などの薬物を常飲していたといいます。華原さんが服用していた薬の種類は明らかにはされていませんが、必要以上の薬を服用していたことが考えられます。

このニュースによってマスコミでは、華原さんに対する様々な報道がされ、華原さんは芸能界での活動休止を宣言。2012年の5年ぶりの復活までは休養されました。

薬物中毒の症状に悩まされ続けていた頃のご自身の状態を振りかえり、ずっと揺れた状態が続くのなかって?自分の置かれている現実が見えなくて薬ばっかり飲んでいた、過去の私はボロボロだったなどと語り、原因となっていたものが恋愛問題であったことも素直に告白している。

また、20歳から疎遠となっていた父親の愛情が、彼女に薬物との決別を誓わせたともいわれています。

その後、2014年には華原さんは初のカバー・アルバムをリリースし順調な復活ぶりを見せていましたが、2018年7月17日に自身のSNSと会員制のブログを閉鎖することを発表している。

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高岡奏輔(パニック障害)

2011年7月29日に俳優の高岡奏輔さん(当時29歳)が「本人ブログ」と題した新たにブログを開設。その中で過去にうつ病やパニック障害を患っていたことを告白しましたが、現在ブログは閉鎖されています。

高岡奏輔高岡さんは2004年に映画の主演を務めましたが、計り知れないプレッシャーを感じていたといいます。そんな時期にネット上での中傷等があり、精神的にダメージを受けて人生で初めて精神が崩壊したと語っている。

高岡さんは通院し、睡眠薬や精神安定剤を服用することになりますが、副作用で顔がパンパンに張れることもあったそうです。2010年には舞台挨拶でステージ上で立ちくらみから転倒してしまいます。

高岡さんは、突然に襲われる生き苦しさ、汗が止まらない等といった症状から、目の前が真っ暗となり倒れたのですが、じつは高岡さんは精神安定剤を服用しないで舞台に立とう思い、薬を飲まなかったことが原因だと後に話されています。

数年間、うつ病と闘いテレビドラマ「ROOKIES」に出演。この作品で出会った共演者との友情で病状が緩和されたといいます。

その後、2017年3月末に所属事務所ジャパン・ミュージックエンターテインメントを退社されています。

木の実ナナ(うつ病)

女優で歌手の木の実ナナさん(当時63歳)が2009年11月20日に放送されたテレビ番組「金曜日のスマたちへ」に出演、自身のうつ病について語りました。

木の実さんは2000年の新聞広告でも「うつ病」であることを告白されています。

木の実ナナ昔から木の実さんは、嫌なことがあっても引きずらない性格だったにも関わらず、ある日の起床時に突然「表情が曇っていた」ことに違和感を感じたといいます。

その後、いつもリラックスできる移動中に動悸がしたり、顔だけ異常に熱くなる、軽度の耳鳴り、人と目を合わせられないといった症状が現れはじめました。

木の実さんは病院を受診、自律神経失調症の可能性があることを告げられます。

以前までは人と関わることが好きだった性格が一変、暗いところで一人になりたいと考えるようになっていたのです。

普段はイライラしたり、精神的に不安定な時でも周りには明るく振舞っていたという木の実さんでしたが、辛い日々を送られてたことを語られています。

自身の病状について調べてみましたが、自分と一致する症状の病気が見つからず、病名と原因がわからないことがらにに木の実さんの精神的な負担となり、抑うつ状態が悪化していきました。

このような「うつ状態」が2年半続きますが、そんな時に心療内科の女医であり、木の実さんのファンの方から1冊の本と名刺が届いたそうです。

これををきっかけに再度病院を受診、更年期性うつ病であることがわかり、抗うつ剤・抗不安薬による治療を開始できました。

玉置浩二(統合失調症)

安全地帯の玉置浩二さん(当時48歳)が、2006年に出版された著書「玉置浩二幸せになるために生まれてきたんだから」の中で統合失調症を患っていたことを明かしました。

玉置浩二この時期の玉置さんは、音楽活動が多忙な時期でもあり、多数のコンサートやアーティストへの楽曲提供する等の活躍をされていました。

アルバム制作期間は3日に1曲を完成させる助―ジュールは、心身ともに負担があったと思われます。そんな中、事務所とのトラブルがあり、バンドメンバーとの間にも亀裂が生じるという出来事がありました。

こうした人間関係の中で精神的に辛い状況に陥り、精神バランスが保てない状態になっていったといいます。

この時に統合失調症を発症し、数か月の予定で入院治療を行いますが、長時間の睡眠と目覚めると薬の服用を繰り返す入院生活に耐えられず3日間で退院してしまいます。

その退院後、北海道にある実家で半年間の療養生活を送っている時、母親から「お金や仕事のことは考えなくていい、音楽に悩むのなら一緒に農家をしよう」の言葉が玉置さんの心を軽くしたそうです。

実家では毎日会いに来てくれる地元の仲間に支えられ、玉置さんは精神状態は徐々に回復へと向かっていき、2009年12月に安全地帯として復帰を果たしています。

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高木美保(うつ病)

女優でタレントの高木美保さん(当時43歳)が、2005年11月3日放送のNHKの番組で10年前に発症した自身のうつ病について語りました。

高木美保ある日突然に電車の中でパニック発作を起こし、この経験からいつ発作が起きるかわからないという不安な日々を送ることになります。

そんな生活を続けていたら日常生活のすべてにおいて不安を感じてしまう精神状態まで悪化していきました。

この時期から、うつ病を発症していたことが考えられますが、当時はパニック障害やうつ病の認知度は低く、この症状が病気だと認識していなかった高木さんは誰にも打ち明けずにいました。

両親の期待に応えたい、失望した顔を見たくないという気持ちがあり、家にいても心が休まらなかったといいます。また、仕事を辞めて収入源がなくなったら生活することができなくなる等、先のことばかり心配していました。

高木さんは「このままじゃいけない」と思い、家に閉じこもらず外に出るようにしていましたが、それが逆にストレスとなり、うつ病が悪化してしまいます。

しかし、将来のことを心配するほど自分は強い人間じゃないことに気づいて、今のことだけ考えようと決意しました。

その後、女優の仕事を辞めて1998年11月に栃木県で農業を営むために移住されたことで仕事のストレスから解放され、農業を始めたことで自力でうつ病を克服されました。

2007年に11年振りに女優復帰を果たし、コメンテーター・エッセイスト・農業従事者・タレントとマルチにご活躍されています。

ユースケ・サンタマリア(うつ病)

俳優でタレントのユースケ・サンタマリアさん(当時32歳)が、2004年にうつ病を発症していたことが明らかになりました。

ラジオ番組「たまむすび」のインタビュアー吉田豪さんが、自身の著書を紹介した際にユースケさんがうつ病であることを明かしたことで世間に公となりました。

ユースケ・サンタマリア当時のユースケさんは、激しい吐き気・だるさ・下痢が止まらない日々が続いており、病院で診察を受けてみるものの結果は「異常なし」でした。

そんな症状がある中、心身ともに辛い時期でもありましたが仕事は休まず、番組の本番中には嘔吐用のバケツを用意したり、下痢が8ヵ月間も続きました。

この頃、頬がこけるほどに激痩せ報道が巷で話題にもなり、オフには体調が冴えないことで自宅で寝て過ごすようになっていたといいます。

もともとユースケさんのデビューは、バンドボーカルとして芸能界に入りましたが、俳優やバラエティー番組でレギュラーを持つなど活躍されるのですが、芸能人としての自分の存在が「身の丈に合っていない」と感じ悩んだといいます。

このことが、うつ病発症の原因だったのではないかと考えられます。

それからのユースケさんは、うつ病が原因で気にかけてくれる友人を避けるようになり、夫婦仲もうまくいかない時期もあったそうです。

32歳から40歳までの約9年間に渡り、うつ病と闘ってきましたが現在は症状が治まっているとのこと。

うつ病から回復したきっかけなどは語られていませんが、長い年月で気持ちが徐々に楽になったのではないでしょうか。

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