メディカル24
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婦人科疾患(乳がん等)

だいたひかる(乳がん)

2016年2月、タレントのだいたひかるさんが乳がん治療を受けていたことを番組内で公表しました。

2013年5月に小泉貴之さんと結婚、その1年後からスタートした不妊治療の合間に受けていた乳がん検診でしこりが発覚します。

しこりの大きさは約3センチ、その後の組織検査で乳がんの診断されました。

ホルモン治療など複数の治療方法がある中、リスクを最小限にしたいと右乳房を全摘出を夫婦で話し合って決められました。

だいたひかる入院の前日に記念撮影を行うなど、彼女らしい一面が見られました。

2016年2月26日に手術が行われましたが、リンパ節への転移を確認されます。

だいたさんは今回の告知を受けて精神的に落ち込みましたが、夫に励まされ支えられたからこそ乗り越えられたことをコメント。

3月3日に退院し、4月11日から抗がん剤治療をはじめ、副作用で関節痛から外に出るのも辛く、ペンを持つことすら困難だったといいます。

この抗がん剤治療は半年間続き、その後は定期的な検査とホルモン治療に変えられたようです。

だいたさんは「がんを怖がって過ごすより、なるべく病気を忘れて笑って過ごす、これに尽きます」と雑誌で語られている。

2019年3月に乳がんの再発を報告している。だいたさんは右胸を全摘しており、再発は稀なケースだとされている。

今回、4ミリという小さい時点での発覚となったが、「見逃して1年後にどれ位になるか考えるとゾッとします」と胸中を語っている。

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麻倉未稀(乳がん)

歌手の麻倉未稀さんが乳がんであることが2017年4月に報じられた。

麻倉さんは過去5年間は人間ドックを受けたことはなく、今回の番組企画で乳がんが見つかり、左乳房の全摘出術を受けることにました。

麻倉未稀胸にしこりに気がつき、同12日の精密検査では約2センチほどの腫瘍を2つ確認。乳がんと診断されます。

麻倉さんは今まで自覚症状が全くなかったため、医師の宣告に動揺したといいます。また、これまで大病の経験はなく、過去に受けた乳がん検診でも問題はなかったといいます。

麻倉さんは検査前、番組スタッフに「まあ、大丈夫かな、と」と明るく話していましたが、思わぬ結果にショックを隠しきれない様子でした。

麻倉さんの乳がんは段階が4つあるうちのステージ2で、比較的早期の発見となり、現時点では転移している様子はないとのことでした。

しかし、腫瘍が乳頭方向に伸びがあり、転移はないものの大きさが2センチ以上あることから全摘出という診断。

麻倉さんは医師の説明に納得し、仕方ないと思う反面とてもショックを受けたことを語られている。

病院からの帰宅後には夫の顔を見るなり号泣。でも号泣したらすっきりしたことを明している。

その後、手術は成功し、仕事にも復帰されている。

南果歩(乳がん)

2016年2月、女優の南果歩さんが人間ドッグで乳がんが見つかりました。

南果歩元夫で俳優・渡辺謙さんにも人間ドッグで早期の胃がんが見つかり、夫の入院期間中に何気なく受けた人間ドックでの発見でした。

二人が人間ドッグを受けたのは、南さんの直感だったそうです。

南さんの乳がんの診断はステージ1で早期乳がんでした。乳房の外には広がっておらず、乳がんの大きさも2センチ以下が定義されており、再発率は1割以下になります。

南さんは医師からの説明について「頭には入ってきたが心に入るには時間がかかった」とコメントしている。

乳がんが見つかった翌月の3月に乳房温存術が行われました。

術後も再発防止のため治療は継続しており、自身のツイッターでは7月から放射線治療を行っているとの投稿がありました。

さらに投薬治療では、高血圧・倦怠感・手足のしびれなどの副作用に襲われ、「手術すれば元気になると思ってたが、もっと時間は必要だ」と胸のうちを明かされています。

南さんは「病気はない方が幸せだが、病気になったからこそ知りえることもあるとし、家族や友人、周囲の温かさに支えられた」と感謝のコメントをしている。

術後、ピンクリボンフェスティバル2016でのトークショーで、同じ病気をもつ女性やその家族などの参加者を元気づける活動等もされています。

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北斗晶(乳がん)

タレントの北斗晶さん(当時48歳)が、2015年に乳がんを公表しました。

北斗さん本人から「ステージⅡbという状況で5年後の生存率は50%です」と明し、衝撃を受けられた方も多いかと思います。

北斗晶毎年、秋頃に乳がん検診でマンモグラフィーを受けていたという北斗さんですが、胸の違和感に気付いたのは2015年初旬でした。

また、同年の春にも旅先で水着に着替える際、乳首付近の違和感に気付いていたといいます。

しかし、自身で触診しても何も感じ取れず、検診で何も見つからなかったという安心感から「歳のせい」だと思い、そのまま放置しました。

それから初夏に入り、右胸にチリチリとした痛みを感じたため、知り合いの医師に診てもらったところ、がんの陽性反応が確認されます。

セカンドオピニオンや乳房を温存する形での治療を望みましたが、進行状況から右乳房の全摘出するが決まります。

同年9月に手術が行われ、2センチといわれていた腫瘍が2.5センチあり、右脇下のリンパへの転移が確認されました。

転移が確認されたリンパ節の腫瘍も摘出され、その影響で右手のリハビリが必要になったといいます。

手術後は抗がん剤治療が行われるのですが、副作用で髪が抜けることで精神的ショックを受ける人が多くいます。

主治医からは髪を短くしておくことをすすめられ、髪を切った姿がブログで公開されました。

今回、北斗さんの公表は世間への影響が大きく、報道直後の乳がん検診が以前の5倍になったという病院もありました。

生稲晃子(乳がん)

タレントの生稲晃子さんが2015年11月10日、自身のブログ内で過去に乳がんを患っていたことを明しました。

生稲晃子生稲さんに乳がんが発覚したのは2011年4月、彼女が43歳の誕生日を迎えた日のことでした。

幸い早期発見だったため、温存治療が適応されて腫瘍部分を切除する手術を受けられています。

術後の病理検査で「初期の浸潤性乳頭腺管がん」との診断でした。

しかし、翌年の2012年9月に再発が確認されます。この時も乳房を温存する方法で2度目の手術を受けるのですが、さらに翌年2013年10月に再び再発が見つかってしまいます。

3度目も温存療法による手術になるのですが、それまでは前向きにがん治療を続けてきた彼女でしたが、この時ばかりは「初めてもうダメだと思った…..」と語っている。

そんな時、心の支えになったのが当時7歳になる娘さんの存在でした。「この子が成人するまでは産んだ責任があるんだから、死ぬわけにはいかない」という気持ちが込み上げます。

そして2013年12月に右胸乳房の全摘手術を決意します。手術は成功し、仕事を続ける上で右胸があったほうが良いと再建手術を行っています。

計5回もの手術を受けられた生稲さんですが、今回は一区切りという意味で病を公表。「自分の闘病経験を無駄にせず、1人でも多くの人に伝えてみんなで元気に幸せに生きて行こう、と言いたいと思いました」と話している。

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麻木久仁子(乳がん)

タレントの麻木久仁子さんが乳がんを患ったのは2012年でした。

麻木久仁子同年の夏に受けた人間ドックでマンモグラフィーと超音波検査で、素人ではわからないほどの小さい異変が見つかります。

直ぐに国立がん研究センターで診察を受けるのですが、早期の乳がんだったため、検査をしても診断がつかない中途半端な時期が続きました。

精密検査の結果、右側には黒い影と左側にも腫瘍が見つかり、乳がんであることが判明しました。

直ちにがん切除の手術が行われましたが、麻木さんの場合はがん細胞が非常に取り出しやすい場所に位置していたため、乳房を温存する手術になりました。

麻木さんは「寿命が長い時代、50歳は身体をメンテナンスして頑張ろうって考える時期だと思う(気ままに備忘碌より転載)」と語られている。

アグネス・チャン(乳がん)

2007年、歌手のアグネス・チャンさんに乳がんが見つかります。アグネスさんが52歳の時でした。

アグネス・チャン自宅のソファで横になっていた時、右胸の奥に小さいしこりを感じました。しこりはニキビのような感覚に似ていたと話しています。

普段であればあまり気にすることはなかったというアグネスでしたが、1週間前に「リレー・フォー・ライフ」と呼ばれる、がん患者によるリレーイベントに参加していました。

「もしかすると私もがんかも….」という不安感から、アグネスさんは大学病院でマンモグラフィーと超音波による検査を受けました。

検査ではしこりが確認され、細胞組織を取り出した精密検査の結果、粘膜の中にがん細胞が浮いているという粘膜がんが判明しました。

幸い早期発見であったため、がん細胞は小さい状態でありました。

告知を受けたアグネスさんは「なんで私ががんに….」と心の中で深い悲しみとともに悔しさが溢れたといいます。

チーム医療推進協議会のインタビューに対し、アグネスは自らの乳がんについて「がん細胞が見つかった翌週に手術を受けました。この日は10月1日、乳がんの早期発見・早期治療を啓発する運動として知られているピンクリボンの日だったんです。私の命が救われたのは、まさに早期発見・早期治療を行ったからだと、しみじみ感じました」と語っている。

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山田邦子(乳がん)

タレントの山田邦子さんに乳がんが判明したのは、2007年に出演した健康系の医療番組の収録最中のことでした。

山田邦子番組内で医師の指示に従って、乳がんの自己診断をしている時、自らの体内にしこりのようようなものを発見しました。

違和感を感じた彼女は、番組で共演していた医師に相談して乳がんの検査を行うことになりました。

その結果、彼女の体内からは3つのがん細胞が発見されました。彼女が47歳の時でした。

山田さんの家系はがんを発症しやすいと言われていて、毎年欠かさずに「乳がん検診」を受けていたそうです。

しかし、2年前に主治医の女医が亡くなってからは「乳がん検診」を受けていませんでした。

山田さんは、2度に渡るがん細胞の摘出手術に耐え、ホルモン治療を続けました。

山田さんは「いつまで薬を飲み続けなければならないのだろう?それとは相反して、ホルモン剤が私の支え…..」という切ない思いが芽生えていたといいます。

その後、治療を継続しつつ食生活などの生活習慣も改め、5年が経過して乳がんを克服しました。

山田さんは乳がんの克服後、書籍「大丈夫だよ、がんばろう」を出版するとともに、乳がん早期発見・早期治療のためのチャリティ講演などを精力的にこなし、乳がんと闘う女性を中心に熱いエールを送り続けています。

「がん=死」のイメージはもう古い!ご自身の講演の中でも彼女はきっぱりと言い切っています。

平松愛理(乳がん)

2002年、シンガーソングライターの平松愛理さん(当時38歳)に乳がんが発覚しました。

平松愛理これまでに重度の子宮内膜症を闘病生活を送られてきた平松さんの左胸に乳がんが見つかり、音楽活動休止を発表した。

乳房を温存する治療を選択した平松さんは、合計8回の手術を受けられています。

術後、放射線治療を受けることになるのですが、副作用から一時は声を失うこともあったといいます。

その後、2年もの期間を要しましたが、仕事に復帰されています。

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