メディカル24
本当に役立つ、身近な医療情報

脳疾患(脳梗塞・脳腫瘍等)

ガンバレルーヤ・よしこ(下垂体腺腫)

2018年11月16日、ガンバレルーヤのよしこ(当時28歳)が所属事務所を通じ、下垂体腺腫(かすいたいせんしゅ)のため休養を発表した。

よしこは人間ドックで脳に良性の腫瘍が見つかり、腫瘍を取り除く手術を受けることになった。

手術時間は3時間程度となり、よしこ自身も医師と一緒に編集された映像を見たという。

ラジオ番組で復帰したよしこは「ご迷惑をかけてすみません。脳はしっかりしていましたが、真ん中に腫瘍があり、鼻からアプローチ?内視鏡で手術しました」とコメントしている。

また、手術の効果か不明だが手術後から美肌効果が表れたことを報告している。

術後の経過は順調で約30日間というスピード復帰となった。

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スターダスト・レビュー根本要(脳梗塞)

2018年6月12日、スターダスト・レビューのボーカル根本要さん(当時61歳)の脳に微小の梗塞が見つかり、治療のために入院していた。

根本さんは6月13日に公式サイトより、「幸い早期発見のため、10日から2週間程度の点滴と内服による治療での退院を見込んでおります」と綴った。

症状に気付いたのは4本のラジオ番組収録時、昼時からから19時までだったが1本目の収録から、唇の左半分だけがしびれてを感じたという。

根本さんは「すぐ治るだろう」と思っていましたが、仕事が終わるまでその症状が続いていたそうです。

そんな「しびれ」が気になった根本さんは、その夜の飲み会には行かずに帰宅。

それを奥様に伝えたところ、根本さんが飲み会をキャンセルした事実に驚いたといいます。

奥様は急遽「救急相談センター」に電話して症状を説明。直ぐに大学病院を紹介され検査した結果、ストレッチャーに乗せられて即入院となった。

幸い手術はなく、内服と点滴による治療が行われ、23日には退院しており、公式サイトにて「僕の症状ですが、すこぶる元気です」とコメントしている。

徳永英明(もやもや病・脳梗塞)

2001年の5月、歌手の徳永英明さん(当時47歳)がもやもや病を発症しました。

もやもや病とは、脳を走る太い血管が何らかの原因で細くなったり、詰まったりする病気です。細かい血管がタバコの煙のようにもやもやとした感じに見えることが病名の由来となっています。

徳永英明徳永さんが倒れたのは新潟県で行われたコンサートの最中でした。歌っている途中で突然音程を外し、その後の歌詞が出てこなくなりその場にしゃがみこんでしまった徳永さん。

偶然にもコンサート会場に医師がいたことで、診察してもらった徳永さんは30分後にステージに戻りすべて歌いきりました。

その後、精密検査の結果「もやもや病」と診断され、医師からは「即入院して下さい。このままだと命に関わるかもしれません」との説明があり、翌日以降のツアーはすべて中止となりました。

徳永さんは発症前の前兆について「とくMEMO」というサイトで「僕としては新潟で倒れる以前から、実は守山と福井の舞台上でも軽い発作があり不安はありましたが、きっと過労だろうとか、精神的なものだろうとか、ある種ポジティブにとらえていました(サイト引用)」と投稿している。

じつは新潟で倒れる以前に徳永さんは病院を受診しており、診断結果は「過労」というものでした。

このニュースはマスコミで大きく報道され、一時は再起不能が懸念された徳永さんではありましたが、2002年11月に復帰会見を開いています。

その後、2018年9月4日に徳永さんは激しい立ちくらみを訴え、緊急搬送。診断は脱水症状による軽い脳梗塞ということでした。そのまま入院されましたが、1週間後には無事退院されています。

徳永さんは「今まで感じたことのない症状に戸惑いましたが、原因がわかり少しほっとしています。体調と体力回復に努めますので、もう少しお待ちください」とコメントしている。

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桂ざこば(塞栓性脳梗塞)

2017年5月27日、上方落語家の桂ざこば師匠(当時69歳)が大阪市内の病院に救急搬送され、左中大動脈閉塞症・塞栓性脳梗塞と診断されました。

桂ざこば稽古場へ向かう途中に立ち寄ったラーメン店で「食べようとしてもラーメンが口に入らない」「歩こうとしたらぶつかってメガネを落とす」など、明らかな異変に弟子らが「これはおかしい」と救急通報しました。病院搬送時には意識はあったとのことです。

後遺症等が心配されましたが、発症から数時間内での処置できたこともあり、搬送翌日には自身でトイレに行くこともできたようです。

しかし、30日間以上の入院・治療を必要としたため、大阪松竹座「銀二貫」やテレビ出演などの活動は全てキャンセルとなっています。

その後、「銀二貫」の千秋楽では、ご自身の足で舞台に上がり、客席に深々と頭を下げる姿が見られました。療養中でありながら病院から外出許可をとっての挨拶は、ざこば師匠の義理固さと人柄がうかがえます。

7月31日に退院、8月にテレビ出演された際に「長時間の仕事はまだ無理だが、これからも一生懸命やる」と今後の活動に対する意気込みを語られました。

また、ヘビースモーカーで酒豪であったざこば師匠が「禁煙・禁酒」を決意されたことをコメントしている。

ラモス瑠偉(脳梗塞)

2016年12月30日、ラモス瑠偉さん(当時59歳)が脳梗塞のため、一時活動休止することをマネジメント事務所が発表しました。

ラモス瑠偉病状が心配されていましたが、事務所の関係者からは「発見が早かったため、大事に至らずに済んだ」という声がありました。

12月29日、ラモスさんの体に痙攣が発症。驚いてベッドから落ちて戻ろうとしたら立ち上がれませんでしたが、意識ははっきりしており、会話も支障なくできていました。

ラモスさんは2014年から2017年7月までJ2・FC岐阜の監督を務め、日々多忙の中でのストレスや睡眠不足が原因が考えられていましたが、明確な要因は不明のままです。

発症後から1週間後にリハビリがスタートしますが、回復は驚異的で無茶は禁止とドクターストップがかかることも。

2017年1月下旬にリハビリセンターに転院し、退院したら走って帰ると目標を立てたといいます。

最初は左足を思うように動かすことが出来ず、悲観的な考えになることもあったようですが、家族をはじめ多くの人達による支えがあって乗り切れたと、後の会見で語られています。

発症から約2ヵ月後の2月14日にはリハビリセンターを車椅子ではなく、ご自身の足で退院し、3月には復帰会見を開きました。

病後と思えない様子でのリフティングを披露したものの、バランス感覚は以前の50%程度とのことで、今後もリハビリを続けながら4月から仕事に復帰されています。

北山陽一(脳腫瘍)

2015年12月、ゴスペラーズの北山陽一さんが脳腫瘍のため手術を受けられました。

ゴスペラーズ2015年9月に歌手・さだまさしさんの長女でピアニスト・佐田詠夢さんとご結婚した北山さんでしたが。

そんな中、北山さんに異変が生じます。2015年11月頃から体調不良を訴え、病院での検査の結果は脳腫瘍という診断でした。

幸い良性の腫瘍で早期発見だったため、術後の経過は良好で順調に回復していきました。

意識もしっかりしており、会話や歩行もできるまで回復してきていますが、治療に専念するため、しばらく音楽活動は個人として休止することになりました。

その後、病気療養で活動休止していた北山さんですが、約4ヵ月後の2016年3月13日に愛知・日本ガイシホールでの音楽イベント“音市音座2016”で仕事復帰しています。

倒れたのが20周年ツアー後だったので北山さんは「後悔はない、ただ生きていられるだけでいい、と病気を受け入れることができていたので、復帰については元通りに歌えるか不安があったものの、感謝と喜びを感じた」とコメントしている。

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磯野貴理子(脳梗塞)

2014年10月23日、タレントの磯野貴理子(当時50歳)が脳梗塞で緊急入院しました。磯野は自宅で体調不良を訴え、夫の高橋東吾さんが付添い救急車で搬送されました。

検査で脳梗塞と診断されましたが、命に別状はないと同月28日に所属事務所がファクスで発表している。

磯野貴理子,脳梗塞その後、TBS番組「アッコにおまかせ!」に夫の高橋氏がVTRで出演し、脳梗塞を発症した時の磯野の様子について「23日の夕方、(磯野が)普通に立って歩いてたんですけど、ヨロヨロしてて舌が回ってなくて(目の)焦点が合ってなかったので、正直二日酔いかと思ったんですけど、あまりにも喋れてないんで、おかしいなと思ってマネジャーさんに電話してから救急を車呼びました」と当時の状況を話した。

救急車の中で左腕がマネキンのように感覚がなく、救急隊員が顔の方はどうですか?と触ってみたら同じ感じがしたことを伝えると直ぐに病院に運ばれました。

医師から脳梗塞と診断されるも最初はどのような病気なのか磯野さんはわからなかったという。一方の夫の高橋さんは「涙が出そうでしたけど、本人の前では出さないようにこらえました」と心境を明かしている。

治療後の磯野さんは順調に回復し、無事に退院して仕事にも復帰している。

磯さん野が夫の付き添いで救急車で搬送された時、救急隊員が24歳年下の夫に「お母さんですか?」と訪ねられたことがが一番ショックだったことを和田アキ子さんが暴露している。

大橋未歩(脳梗塞)

2013年1月、元テレビ東京アナウンサーの大橋未歩さん(当時34歳)が若年性脳梗塞と診断されました。

大橋未歩大橋さんが体調に異変を感じたのは、自宅の洗面所で身支度を整えている最中でした。

左手に異変を感じた大橋さんは、とっさに右手で左手に触れたが既に感覚が失われており、自分の手ではなくマネキンの手でも触っているように感じだったといいます。

床に落として散乱した洗顔クリームを拾い上げようとしゃがんだ時、脱力感と左半分の顔面麻痺に襲われました。

夫に「だいじょうぶ」と言っているつもりが、「らいじょうぶ」とろれつも回らなくなり、近くにいた夫が大橋さんの表情を見て救急車を呼び、そのまま病院に緊急搬送されました。

病院に到着した頃には既に症状は落ち着いており、その間15分程度だったようです。病院では緊急CT検査が行われましたが異常は見られずに帰宅します。

その2日後にMRI検査が行われた結果、脳梗塞が起きて壊死している痕が4か所見つかり、そのまま10日間の入院となりました。

その後、脳梗塞で壊死した部分の手術が3~4か月後に行われ、現在右の首にステントという金具が入っており、「体の一部、私のお守りです」と話している。

既に服薬治療を終えて仕事にも復帰されています。

麻木久仁子(脳梗塞)

2010年、タレントの麻木久仁子さんが脳梗塞を患ったのは彼女が48歳の時でした。麻木さんが最初に感じた異変は、身体の右側だけに起きた酷い痺れ(しびれ)でした。
右腕と右脚の付け根から、ジーンと痺れる感じです。よく正座を長時間して立ち上がると感覚が麻痺している感じと似ています。

麻木久仁子しばらく動けないので30秒くらい経つと痺れがなくなるという症状が1日に数回ありました。

さらに歩こうと右側の足を出すと力が入らず、カクンと崩れそうになったり、鍵穴の位置に鍵を差し込むにも手が震えてできない等、普段では考えられないような異変が起きていました。

そんな時、麻木さんは過去に出演した医療番組の中で、脳梗塞の前兆の一つに「身体の片側のしびれ」があると聞いたことを思い出し、即座に「これは脳の病気だ」と直感したそうです。

麻木さんは大学病院の脳神経内科の診察予約を入れ、MRI検査結果から医師は「ああ、ありますあります。脳梗塞ですね」との診断。

麻木さんの場合、脳梗塞は小さく起きた場所もよかったので大事には至りませんでした。麻木さんは48年間病気という病気はしたことがなく、健康そのものだったことから「不意をつかれたような感じです」とコメントしている。

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高山善廣(脳梗塞)

2004年8月8日、プロレスラーの高山善廣さんが脳梗塞で倒れたのが38歳の時でした。

高山善廣大阪での試合後のバックステージで、右手の自由が突然利かなくなり、ドアノブも開けられない状態だったため、救急搬送されました。

幸い試合会場の近くに有名な脳外科医のいる病院があり、脳梗塞発症から2時間以内に処置がされたことから後遺症は最小限で済みました。

高山さんはカテーテル手術を受けることになるのですが、手術中は意識があってモニターを見ていたそうです。

術後直ぐに高山さんは話したり、右手を動かすことができたため、復帰は早いと考えていましたが、その後に後遺症が現れはじめて不安な日々を過ごしたと語っています。

高山さんは大好きだったコーヒーを辞めて、水を一日6リットル飲む、肉よりも野菜・魚・鶏肉を中心とした食生活に変え、禁酒もされたそうです。

高山さんは本格的なリハビリはしていませんが、医師からは沢山歩くように言われており、散歩や階段の上り下り、コップを掴んだり放したりしていくことで日常的な動きを取り戻していきました。

その後、プロレスの休業中はテレビ等のメディア出演を中心に活動し、少しづつトレーニングを重ねていきました。

努力の甲斐あって2年後の2006年にプロレスラーとして復帰を果たしたのですが、2017年5月に試合中に頭と首を負傷して緊急搬送されました。頸髄(けいずい)損傷および変形性頚椎(けいつい)症の診断を受け、現在療養中である。

桜井和寿(小脳梗塞)

2002年7月23日、ミスチルの桜井和寿さん(当時32歳)が小脳梗塞を発症。予定していたイベントは、全て延期または中止という形を取り、検査入院のため活動休止の発表がありました。

Mr.Children桜井和寿桜井さんが小脳梗塞を発症したのは32歳の時となり、小脳とは、役手足の細かい動きをはじめ、歩行や顔・喉の筋肉の動き(話す、声を出すなど)、目の動きなど、私たちの生活に必要な動作をサポートしてくれている大切な部分です。

発症時の様子について桜井さんは、番組収録後に温泉に行く予定だったため、自宅からペットをペットホテルに預けるため家を出ようとした時に首にピキーンという感じがしたといいます。

その後、痺れ(しびれ)や視界がキラキラする等の症状に襲われて体調が悪くなり、ペットを預けた後に自ら運転して病院を探したそうです。

何とか到着した病院でしたが、不運にも処置ができないので対応できる病院の連絡先を聞いてそちらで相談することになりましたが、携帯で電話しようとしても番号ボタンが押せないという状態だったため、桜井さんは看護師に電話してもらったといいます。

桜井さんの場合、手術はしないで再発を防止する投薬治療や食事制限、激しい運動を避けるなどの治療を行われました。

その後、発症した際に梗塞が破れた痕跡があったことが判明。絶対安静が必要とされましたが7月26日には退院し、その後は自宅療養に入りました。

それから約1年4カ月後に桜井さんは仕事復帰を果たしました。

現在はライブなどの音楽活動の他、大好きなサッカーをするなど完全復活を果たしている。

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