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難病(潰瘍性大腸炎・デスモイド腫瘍等)

国分太一※TOKIO(デスモイド腫瘍)

2015年9月15日、TOKIOの国分太一さん(当時41歳)が、突然の結婚記者会見を開きました。その会見の中で自身がデスモイド腫瘍を患い、腫瘍の摘出手術をしていたことを告白している。

国分太一番組内で「今でもこぶし大の穴が開いている状態。筋肉が再生することはない」と説明。2009年、国分さんが35歳の時にデスモイド腫瘍を発症しました。

当時、体の異変に気付いたのはTOKIOメンバーとお好み焼きを食べていた時に突然の腹痛に襲われ、転げまわるほどの痛みだったといいます。

病院で診察を受けた国分さんに告げられた診断はデスモイド腫瘍でした。この時、国分さんは「腫瘍と聞いて終わったと思った」と心境を話している。

既に腫瘍は既に拳(こぶし)大の大きさに成長しており、医師から摘出手術がすすめられたという。

デスモイド腫瘍とは「がん」とは異なり、良性腫瘍なので転移することはありませんが、放置していると他の臓器を圧迫して腹痛等の原因になることがあります。

年間発症者数は100万人中2~4人となり、完全な治療法が確立されていませんが、通常のがん治療と同様に、放射線治療・薬物治療・摘出手術が中心となります。

じつは2013年に番組内で病気について公表したそうですが、聞きなれない病名だったのかあまり話題にならなかったそうです。

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高橋メアリージュン(潰瘍性大腸炎)

モデルの高橋メアリージュンさんが潰瘍性大腸炎であることを2014年3月にツイッタ―で告白しました。

高橋メアリージュン高橋さんは、体調異変に気付いたのは19歳の時。最初は「疲れ」や「ストレス」のせいだと思い込んでいました。しかし、病院で告げられた病名は潰瘍性大腸炎。

闘病中の高橋さんは、行く先々にトイレがないと不安で仕方なかったことを語り、過去にオムツを着用して撮影に挑んだことを後に告白している。

また、自身の症状を他人に悟られることのないための工夫や言い知れぬ苦労があったことを明している。

高橋さんは「私はもう5年程症状がないので治ったと思ってるのですが」と現在の状況を語っており、「経験した以上この病気の事を色んな方に理解してほしいと思っています」とコメントしている。

若槻千夏(潰瘍性大腸炎)

タレントの若槻千夏さんが潰瘍性大腸炎を発症したのは2006年で22歳の時でした。

若槻千夏当時、多忙なスケジュールを極めていた時期でもありましたが、潰瘍性大腸炎が発覚によって治療のため療養を発表。

その後、療養から2ヶ月後に仕事へ復帰を果たしますが、いつ再発するかわからない病気であることからレギュラー番組は降板せざるを得ない状況でした。

当時、所属事務所から正式に潰瘍性大腸炎だと公表していましたが、急な休養と復帰後の激ヤセ写真がファンの間で話題となり、様々な噂が飛び交うという事態にもなりました。

その後、私生活では2012年には一般男性と結婚をして第一子の女の子を出産され、実業家にタレント活動とご活躍されています。

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奈美悦子(掌蹠膿疱症性骨関節炎)

2004年、女優の奈美悦子さんが53歳の時に掌蹠膿疱症性骨関節炎(しょうせきのうほうしょうせいこつかんせつえん)という難病であると報じられました。

奈美悦子2万人に1人といわれている難病とされ、手のひらに嚢胞が現れ、関節に激痛が発生するという難病です。

奈美さんは自身の著書の中で「1年365日、24時間激痛に襲われる…..少しの寝返りでも激痛が襲う…..」と語られています。

難病という病名が不明のまま、痛み止めを服用する方法しかなく、これまでに全国56件の病院を受診しました。

その結果、秋田県内である医師と出会い治療を行った結果、2007年には寛解状態にまで回復されました。

奈美悦子,雑穀美治療内容は、ビオチン治療と共に食事療法を中心に体質改善をはかるという方法です。

その後、雑穀の良さを知った奈美さんは当時36人しかいなかった「雑穀アドバイザー」との資格を取り、健康になれた体験を著書「雑穀美」で紹介されています。

奈美さんは、難病を経験して以来、正しい食生活に目覚めたそうで「奇跡の70歳になりたい」と話しています。

安倍晋三(潰瘍性大腸炎)

内閣総理大臣である安倍晋三首相(2019年現在)が、過去に第90代の内閣総理大臣を辞任した理由として潰瘍性大腸炎の再発がありました。

安倍晋三17歳の頃に潰瘍性大腸炎を発症し、その後、自民党国体副委員長の時には症状が一番酷く3ヵ月間の入院をされている。

この入院中、食事も摂れない状況であったことから点滴で痩せ細り、巷では「ガンで先が長くない」という噂が流れる事態になりましたが、病名の公表には至りませんでした。

2001年以降は症状も落ち着き、ご本人も完治したと思うほどだと語っている。

そして総理大臣に就任して2年目の2007年の8月5日頃から胃腸の痛みが発症。これが再発の兆候となり辞任を決意します。

総理辞任については様々な憶測が飛び交いましたが、9月24日に病院内で行われた記者会見では「意志を貫くための基礎体力に限界を感じた」と釈明されています。

安倍さんが潰瘍性大腸炎を公表したのは、総理を辞任から4年後の2011年のことでした。

その後、アサコールという新薬が承認され、完治はしないものの症状を抑えることが可能になり、ご本人も日頃の激務にも関わらず再発が見られないのは、この新薬のお蔭だとコメント。そして2012年、第96代内閣総理大臣に就任している。

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