メディカル24
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甲状腺疾患(バセドウ病等)

美奈子(バセドウ病)

ビッグダディの前妻として一躍有名となったタレントの美奈子(当時31歳)。彼女がバセドウ病であるとの診断を受けたのは2014年の6月でした。

美奈子幸いにもバセドウ病は初期段階という診断でした。自身ブログの中で病気の告白し、寄せられるさまざまなコメントに対して感謝の意を綴っています。

美奈子さんは甲状腺の全摘手術を行うことになり、手術前日の同年7月27日には自身のブログで手術前の心境を次のように語っておられます。

「血液検査、頸部エコー、内視鏡などなど。鼻からカメラを入れて鼻や喉を調べたんだけど、なかなかきつかったわ。インフルエンザの検査くらいかなーと思ってたら甘かったわ。さあ、いよいよ手術は明日!緊張する(美奈子オフィシャルブログより転載)」

7月29日の手術当日、「手術無事おわりました。甲状腺全摘しました。喉がまだまだ痛みますが、徐々に回復しているのがわかります。早く復活して家事、育児、お仕事がんばります。たくさんのコメントありがとうございました(ブログより転載)」

8月1日に退院し、6人の子どもが待つ我が家へ帰宅、子どもたちの「おかえり」に涙が出たとコメント。

今回の病気で自分がいかに多くの方々に支えられているのかということを実感されたといいます。

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岩崎宏美(バセドウ病)

2015年4月22日、歌手の岩崎宏美さん(当時56歳)が、フジテレビ系朝の生放送番組「ノンストップ」で14年前の2001年から続いているバセドウ病の闘病経験を明かした。

岩崎宏美最初は体重の減少という体の異変に気付かれたといいます。その後、異常な汗の量・めまいや耳鳴り・走ってないのに激しい動悸が起こりました。

体調変化に病院で検査をした結果、バセドウ病と橋本病の診断が告げられました。バセドウ病の原因は、甲状腺ホルモンの異常によるものでした。

また、バセドウ病が発覚した2001年に声帯ポリープが見つかり、ポリープの摘出手術も受けられています。

バセドウ病と診断されてからも歌手活動を続けてきた岩崎宏美さん、ステージに立つと膝やマイクを持つ手が震え、息切れで歌いづらく不安であった過去を話しています。

今でも薬を毎朝1錠欠かさずに服用しており、岩崎さんはこの持病と受け止めて上手く付き合っていくとコメントしている。

絢香(バセドウ病)

歌手の絢香さんは2007年の21歳の時にバセドウ病を経験されています。

絢香2009年に水島ヒロさんとの婚姻しますが、同年の紅白歌合戦を最後に無期限での活動停止を宣言しました。

2013年に活動を再開し、2度の全国ツアーを成功させています。

関係者からはホルモンのバランスは正常値に戻ったという話ですが、絢香さん本人からは病状に関しての報告はありませんでした。

絢香さんの症状がどの程度まで回復しているのかということについては不明です。

宮村優子(バセドウ病)

声優の宮村優子さん(当時34歳)が2007年5月にバセドウ病であることを公表しました。

眼球が突き出ていることに気付き、病院で検査を受けたところバセドウ病と診断されます。

時期的に妊娠・出産・仕事と多忙な日が続いていたことが原因ではないかと本人が語られています。

人気アニメ名探偵コナンの遠山和葉役の宮村さんですが、バセドウ病が原因でうまく声を出せずに苦労されたといいます。

声優として声が出ないのは致命的、プロデューサーに役を辞めようと話を持ち掛けたことがあったそうですが、プロデューサーは「今は病気を治すことに専念し、治療を続けても声優としての活動が難しいようであれば降りてもらう」という返答でした。

その言葉に救われた宮村優子さんは声優として復活するため、治療を続けられました。

その後、2016年6月に自身のTwitterでバセドウ病が悪化しているとの投稿がありました。

医師からは甲状腺摘出をすすめられていましたが、仕事柄「声が変わってしまうのでは」という不安から手術は受け入れられませんでした。

治療を続けながら2017年4月に公開された劇場版名探偵コナン「紅の恋歌(ラブレター)」で復帰しています。

現在の宮村さんは、息子さんとオーストラリアで暮らし、声優の仕事があると日本に戻ってくるという生活をされているそうです。

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増田恵子(バセドウ病)

2005年に増田恵子さん(当時48歳)が、バセドウ病であることを自身のブログで発表しました。

最初に症状が現れたのは1991年、初めて出演する映画の撮影中でした。

増田恵子急に手の震えが止まらなくなり、グラスをまともに持つこともできず、字も書けないほどだったといいます。

じっとしていても起こる動悸・異常な汗の量・過剰なの食欲など、今までとは明らかに違う体の変化があったといいます。

しかし、異変に気付きながらも3年間、病院を受診することはなかったそうです。

その後、症状は悪化。少しの段差でも上ることができない状態になり、検査を受けた結果、バセドウ病の診断がされました。

投薬治療を週3回の通院で続けたことで、症状はかなり改善されたといいます。

その後、2002年6月23日に音楽会社の社長と結婚。翌年2003年にはピンク・レディーの復活コンサートが開催されました。

しかし、2年間で100本というハードスケジュールだったことからバセドウ病が再発してしまいます。

増田さんがバセドウ病を公表したのはツアー千秋楽を終えた後でした。

治療を開始した増田さんの症状は回復され、その後は仕事に復帰されています。

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