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泌尿器疾患(前立腺がん・膀胱がん・腎臓がん等)

田崎佑一(腎臓がん)

2017年11月22日、藤崎マーケットの田崎佑一さん(当時36歳)が腎臓がんの手術を受け、入院していることが報道されました。

藤崎マーケット同年夏の人間ドックで左側の腎臓に腫瘍が見つかり、腫瘍が悪性の可能性があることを告げられ、田崎さんは「頭が真っ白になった」と後に語られています。

田崎さんは8月29日に結婚、腫瘍が見つかったのは結婚直前の出来事でした。

田崎さんの腫瘍の大きさは約2.5cm、腎臓がんでは腫瘍が4cm以下の場合、約8割が完治すると言われており、再発率も低いとされています。

直ぐには手術を行わず、仕事のスケジュールを調整し、発覚から約3ヵ月後の11月21日に大阪市内の病院に入院。翌日22日に左腎臓の一部を切除する腹腔鏡手術が行われました。

摘出した腫瘍の病理検査を行ったところ、悪性であったため左腎臓がんという診断となり、転移の心配もないとのことでした。

その後のサンケイスポーツの取材に対し、「まさか自分ががんになるとは思わなかった」と語っています。

術後の経過は良好で12月1週目に退院され、仕事復帰を果たしています。

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川島章良(腎臓がん)

はんにゃの川島章良さんが、健康診断で腎臓がんであることが発覚。

はんにゃ川島当時、川島さんが交際していた女性(現在の妻)の妊娠が発覚し、妊娠4ヶ月になったところで結婚を決意します。

子どもも生まれるし、結婚前に自分の健康診断も受けておこうと思ったことがきっかけで、早期の腎臓がんが判明しました。

川島さんは医師からの説明を受けるなり、パニックに陥ったといいます。まだ32歳なのに、どうして俺が…頭が真っ白になったといいます。

相方の病気を知った金田さんは「何も考えられなくなり、川島さんにも声をかけれなかった」と後日語っています。

やはり、支えとなったのは妻の存在。「私も出産がんばるから、一緒にがんばろう」という励ましを受け、2015年1月に手術を受けられました。

10日間の入院後は心機一転、子どもが生まれることを思うと休んでいられなかったと、すぐに舞台やテレビの仕事に戻られています。

西川きよし(前立腺がん)

2015年、タレントの西川きよしさんが定期健診で、初期の前立腺がんであると診断されました。

西川きよしきよし師匠には、もともと前立腺肥大があり、夜中に何度もトイレにか駆け込み、時には不眠になるという状態が10年続いていました。

2015年に受けた定期検査(PSA)の結果があまり良くなかったため、精密検査を受けることになります。

精密検査とは針生検で前立腺に14本の針を刺し込み、癌細胞の有無を確認する検査になります。

検査の結果は初期の前立腺がんでした。不安がるきよしさんを妻のヘレンさんが励ましもあり、ロボット(ダ・ヴィンチ)による最新手術を受けられました。

幸い転移はなく、仕事にも復帰することができましたが、手術の影響により尿意を感じなくなったことを明している。

尿意を感じないことで尿失禁が起きることから、オムツを余儀なくれたきよし師匠は「生まれた時にお世話になって以来ですよね。おむつをつけました」と話している。

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竹原慎二(膀胱がん)

2014年、元WBA世界ミドル級チャンピオン竹原慎二さんが膀胱(ぼうこん)がんであることが報じられました。

竹原さんは、以前から頻尿・血尿といった異変には気付いており、精密検査を受けた結果、膀胱がんがであることが判明、リンパ節への転移が確認されている。

竹原慎二テレビ番組「爆報!THEフライデー」では、竹原さんの闘病生活や現在の状況などが紹介された。

2013年1月から1日に10回以上もトイレに行くほどの頻尿の症状があり、近所の病院を受診するも膀胱炎の診断されて半年間に渡り、膀胱炎の薬を服用していたという。

2013年6月には突然、下腹部に激しい痛みに襲わられ「熱い塊りが出てくるような感じだった」と本人が語っている。この時も病院を受診するが診断は前立腺炎だった。

そして2013年12月に血尿を発症。さすが「ヤバい」と思った竹原さんは総合病院を受診。そこで告げられた診断は浸潤性膀胱がん。

浸潤性膀胱がんとは、膀胱がんの中でも腫瘍だけを摘出するのが難しいタイプのがんである。

腫瘍の大きさは2.5センチ、リンパ節への転移が発覚。ステージは3で5年生存率は40%という厳しい状況に追い込まれます。

発覚が遅れた理由の一つに膀胱がんの8割が高齢者60歳以上の男性と喫煙者に発症しやすいとされていることが言える。

竹原さんの場合、4年前まで喫煙歴はあるものの当時41歳だったことから、膀胱がんを医師が疑わなかったとが考えられる。

がんが発覚したとき竹原さんは、最初から大きい病院を受診しておけばと悔しさを語っている。

その後、2か月半に及び抗がん剤を投与、がん細胞が小さくなった頃に膀胱と腫瘍を摘出するという手術を行った。

その後、所属事務腫は「通院による抗がん剤治療はすでに終わっており、現在は回復傾向にあります」と報告。自身が経営するボクシングジムの仕事にも復帰している。

小林克也(前立腺がん)

2012年ディスク・ジョッキー(DJ)の小林克也さんが前立がんを公表している。2006年の胃がん手術から6年後のことです。

小林克也かなりのショックを受けたという小林さんは、セカンド・サードオピニオンまで受けてその後の治療方針を決めたそうです。

治療後、小林さんは排尿障害に悩まされており、改善するには3年位は必要だと主治医からは説明を受けたそうです。

長時間番組のMCを務める小林さんは、生放送中トイレの中から放送したこともあることを明している。

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間寛平(前立腺がん)

2010年、お笑い芸人の間寛平さんに前立腺がんを発症している事がアースマラソン挑戦中に判明しました。

 

寛平さんが53歳の時に受けた定期健診ではPSAが、通常の範囲を超えた12.1と異常な数値をでした。

間寛平数値10以上を超えると5割の人に「前立腺がん」が発見されると言われているのですが、精密検査では何も見つかりませんでした。

その後、2008年にロサンゼルスで受けたメディカルチェックでは、再びPSA数値が22.87と異常値を示していました。

触診の結果、がんではなく、過酷なヨット生活をしているため、水分不足と雑菌による炎症だろうと精密検査はされませんでした。

その後、2009年にコロラド州の検査でもPSA数値が34.20となっていましたが、やはりがんとは診断されませんでした。

寛平さん自身も「何の症状もなくこれだけ走れるのだから健康な証拠だ」と思っていました。その後、2010年のトルコでのメディカルチェックにてPSA数値が更に上がり42.54となっていました。

数値を聞いいた妻の光代さんは、急遽トルコへと駆けつけ、寛平さんに精密検査を受けるよう説得します。

その精密検査の結果「前立腺がん」と診断。触診では分かりにくい腹部にがんが発生しており、進行具合は転移が考えられる中期だったそうです。

その後、詳しい検査で転移は見られませんでしたが、アースマラソンを続けたい間寛平さんにとってどの治療をするかが大きな問題となりました。

出来る限り元通りのコンディションで走りたいという希望を持っていた寛平さんと妻の光代さんとスタッフ達は、全国の泌尿器科をあたり必死に治療方法を探り続けました。

そこで前立腺がんの世界的名医である篠原克人先生と出会ったのです。篠原先生は、最新治療であるHDR療法と呼ばれる放射線治療の一種を行いました。

この治療法は前立腺に放射線物質を一時的に挿入し、直接がん細胞に強い放射線を当てて殺す治療法です。

体に対する負担が少なく、尿漏れなどの後遺症の可能性も低く抑えられるそうです。2010年4月に1回目の外部照射を行い、前立腺の外側のがんを殺しました。

その後、6月1日にHDR療法を受け前立腺内部のがんを殺し、14時間に及ぶ手術は無事に成功。6月11日には大きな副作用もなくトレーニングを始め、6月18日にはトルクメニスタンへと出発しました。

奇跡的な回復を見せた間寛平さんは、その後も多くの人に支えられ2011年1月に2年1か月のアースマラソンを無事完走され、PSA数値の方も問題はなく、完治されたようです。

小橋健太(腎臓がん)

2013年にプロレスを引退した小橋健太さん。当時の所属していた「ノア・プロレスリング」の定期健康診断で腎臓がんであることが発覚。

2006年、当時39歳だった小橋さんの腎臓に見つかった腫瘍は、約4センチの大きさで担当医はその腫瘍が「がんである」ことを直感したといいます。

小橋健太小橋さんは医師から腎臓の全摘出手術をすすめられましたが、最終的には片方の腎臓を摘出しました。

腎臓がんの診断を受ける2週間前にタッグチャンピオンになっており、今後の防衛戦に対するさまざまな思いで頭の中がいっぱいだった矢先の出来事だったといいます。

がんの告知を受けた病院から帰りのタクシーで小橋さんの頭の中では「自分が試合で戦っている姿」「チャンピオンベルトを巻いている姿」などが、走馬灯のように現れては消えて行ったと当時の様子を話しています。また、二度とプロレスができなくなるのではないか?という大きな恐怖に襲われたといいます。

腎臓の摘出は腹腔鏡手術で行われました。

手術直後、酷い倦怠感に襲われ気持ちも沈み、1日中自宅のソファでぼんやりしていたこともあったそうですが、転移もなく適切な食事療法を行いながら療養生活を送りました。

療養中、小橋さんは「道場へ行ってみよう」と思いはじめていました。

しかし、厳しい食事制限をしていた小橋さんの体重は、20キロ減少しており「道場へ通っていても、とても復帰できる状態ではなかった」と当時のことを話しています。

そんな時、小橋さんを励ましてくれたのは携帯サイトでのプロレスラーの人気投票。その中で小橋さんはなんと第1位の人気を誇るプロレスラーとして君臨していたのです。

ファンの熱い思いに応えようと決心した小橋さんはその翌年の12月、リングに復活することができましたが度重なる怪我で幾度もの手術を余儀なくされ、2012年に現役引退を表明。

その後、小橋さんは「がんになり、命の大切さを知りました。絶望を知り、支えてくれる人のありがたさも知りました」とコメントしている。

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